デフレーションとは何よりも企業の経済活動の縮小であ-、拡大するためのアクションを取らない限り、それは企業活動の収縮、ひいては企業の消滅をも意味する。
 我々の資本主義経済において、企業は売上と収益を前年よりも増大させ続けることを求められている。
企業収益の増大は、企業の株主へ分配される利益を増やし、株主の持つ株の価値を増大させる。
そしてこのことは、国民経済の拡大をもたらし、消費者の物質的富を向上させる。
我々は、いったん向上させた富の水準を後退させることに耐えられないし、富が向上することを我々の経済社会は運命づけられている。
 かつてインフレーションが長く続いた時代、政府と中央銀行の政策的努力は物価の暴騰を沈静化させることに向けられていた。
なぜならば、インフレは資本主義的な経済の循環を狂わせ、経済的秩序を破壊してしまうと考えられてきたからだ。
しかし今や、我々はこれまでに立ち会ったことのない経済的状況に直面している。
この意味で、この5年間に我々が経験しているデフレは、まさに「未曾有の事態」といわなければならない。
 しかし、ここで注意しておきたいのは、経済的な事態としてデフレが未曾有の現象というよりは'むしろマーケティングという「考え方」 にとって、デフレという事態がまさに 「未曾有」 であるという点である。
伝統的マーケティングの使命とは マーケティングという考え方が体系化されたのは、-HOsLO0年代のアメリカにおいてである。
マーケティングはその後、戦後の資本主義の発達とインフレの世の中で企業において実践され、同時にアカデミアにおいて実践のための技術あるいは研究の領域としてさらなる体系化がなされてきた。
 この意味でマーケティングは、その発達してきた社会経済的環境から独立してはいない。
経済発展が上昇基調にあ-、貸金と生活程度が向上して-ると、そこにマーケティングを実行する条件が整って-る。
つまり、マ-ケタ-(マーケティング担当者) が取-組む相手である「消費者」が登場してきたのだ。
 マーケティングの基本的な考え方のひとつに、「売り手が売りたいものではなく、買い手が欲するものを売る」という考え方がある。
この考え方においては、売-手が製品を作りうる能力を持ち、また、買い手がモノを買える能力があることが暗黙に前提されている。
そして、この 「買い手が欲するものを売る」という考え方は、市場が拡大しているとき、ますますその威力を発揮する。
なぜなら買い手の数が増大し、消費者の購入力が増えていくとき、消費者は自分が欲しいものが何であるかを自覚している。
このときこそ、買い手が欲するものを効率的に、かつ大量に供給するマーケティングの考え方が力を発揮するのである。
デフレ下のマーケティング戦略 新製品が市場に登場するときも、またマーケティングの出番である。
マーケティングに携わる人々は市場調査の結果から消費者の 「隠れたニーズ」を探-出し、それを製品化する。
人々は経験したことのない製品をはじめて日にし、マーケティングの力によってそれが進んで買われる状態が市場に作り出される。
これも、伝統的マーケティングが寄与できる重要な能力のひとつであった。
 つま-「売れるべくして売れる状態のときに、さらに売れるようにする」ことが、これまでの拡大する経済下におけるマーケティングの主要な役割であった。
基本的に世の中に商品が売れる条件があ-、放っておけばほかの誰かが売ってしまうときに、他人に先駆けてよ-多-売る技術がマーケティングであったといってもよい。
もちろん、マーケティングが単に売るための技術だけであったというわけではない。
マーケティングには市場を創-出す創造的な側面もあった。
しかし、マーケティングが拡大する経済状況と密接な関係を持っていて、そうした経済と相互に関係して発展してきたのは事実である。
 このことを逆に言えば、売れない時期に無理に売るのはマーケティングではない、ということになる。
かつてマーケティングは 「欲しくないものを無理やり買わせるのがマーケティングだ」と社会的な批判を受けたことがあった。
しかし、こういう言い方はマーケティングにはもともとあてはまらない。
マーケティングによって 「男性にブラジャーを着けさせる」 ことは不可能である。
また、それは企業にとって決して有効な考え方でもない。
マーケティングはそこに人間的なニーズ (-人間の生活の基本的必要性) が存在しているときに、どのようなウォンツ (=ニーズの具体的な表現) で供給することができるかを考えることが主な使命だからだ。
伝統的マーケテイングの使命とは、消費者が欲し-ないものではな-、欲しいものを的確な形で供給できることにあった。
 つまり、拡大する経済下におけるマーケティングの役割をいささか割-引いて表現すれば、「買ってもらえそうな人がいるときに、その人を見つけて買ってもらうこと」ということになるだろう。
このためにマ-ケタIは、どこに市場があるかを調査した-、流通機構を整えた-、あるいは新商品開発を行ったりするわけだ。
台湾の市場が高度成長過程にあるとき、機械製品を台湾でマーケティングしている人に話を聞いたことがある。
80年代のことであるが、彼が「何をやっても当たるんだよ!」と述べていたことが印象深い。
何を実行しても成功するという経済状況から我々はすでに遠い場所にいるが、そういう時期こそがもともとマーケティングの活躍する場所であった。
ふたつの答えそれでは、デフレ下の経済ではマーケティングはどのような役割を果たすことになるのだろう序章--デフレ下のマーケティング戦略か。
デフレ下経済ではモノが売れないというだけでない。
そこでは物価が下落していく。
さらに、消費者は借金をしてまで消費をしようとする意欲をなくしてしまう。
なぜならば、インフレ下と異な-、デフレ下ではさらに債務が重くのしかかってくるからだ。
このために消費者は、将来の生活の不安に備えるためへ ますます予防的に貯蓄に走ることになる。
 このような事態において、これまでのマーケティング技術がそのまま通用するとは考えに-い。
なぜならば、そこでは買いたい人自体が減ってしまい、人はモノによる消費よ-も貯蓄-貨幣・貴金属の退蔵を望むからである。
 吉野俊彦氏は、デフレ下では次のような現象が観察されると述べている。
 -「モノからカネへ」-消費者はインフレ時代にはカネをモノに変えようとするが、デフレ時代にはストックをできるだけ持たず'カネに換えようとする。
 2 「売-手経済から買い手経済へ」-インフレにおいては売り手が買い手より優位に立っているが、デフレにおいては買い手が中心となる。
 3 「封鎖経済から国際経済へ」-それまで保護されてきた国内産業も、外国企業と競争して輸出しなければならなくなる。
 つま-、我々が相手にしようとする消費者は、デフレ下の経済において、商品よりも貨幣を退蔵することを選択し、買い手が取引の中心になり、さらに企業はいやおうなしに内外で国際企業との競争を迫られることになる。
「買い手の優位」は、これまでにもさまざまな形でマーケティングでは語られてきた。
しかしデフレ経済の下、はじめてマ-ケタIが経験する「買い手優位」という事態にどうしたら耐え、成功に導くマーケティング戦略を企画し実行することができるのだろうか。
 この問いがこの本の主な主題である。
この問いに対して、本書の答えはふたつある。

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